【重要なお知らせ】長野県信濃美術館本館は2017年10月1日から改築工事のため休館しております。 詳細はこちら

本館リニューアル情報

Main Building Renewal Information

山田五郎×松本透 対談「新美術館に期待する役割とは」

2020年06月19日に情報が更新されました。

山田五郎×松本透 対談「新美術館に期待する役割とは」

長野県信濃美術館は2021年4月にリニューアルオープンを予定しています。新型コロナウイルス感染拡大で、開館準備も大きな影響を受けています。20年4月、多くの人に集まってもらい 「開館1年前イベント」を長野市で開催する予定でしたが、感染防止の観点からイベントは中止しました。山田五郎さんと松本館長の対談は、本来、このイベント用に企画したものです。イベントはできませんでしたが、せっかくですので、東京都内で対談していただく機会を設けました。 この時の様子をホームページで公開します。

(司会は井上英・信濃美術館副館長)

―信濃美術館は21年4月にリニューアルオープンします。 新しい美術館、また地方の美術館はなにをしていけばいいのか。美術館に望まれる役割を考えたいと思います。

 

【松本】当館は、1966年、財団法人の「信濃美術館」として開館しました。69年に県へ移管され、90年に東山魁夷館を併設しました。長野県出身者、あるいは信州にゆかりのある作家の作品、また信州の自然が描かれた作品をコツコツ集めてきました。私が館長に就いたのは2018年ですが、半世紀余りの歴史を踏まえつつ次に何を目指すかが、これからの課題。今まで「信州の風景画」がコレクションの柱でしたが、これからは、映像作品などをも含めた現代美術にジャンルを 広げていきたいと思います。

 

【山田】日本の美術館も最近は若い学芸員の皆さんが頑張ってくださっていて、かなり意欲的な企画展が増えていますよね。地方の美術館同士がコラボレートした企画にも面白いものが多く、こういう試みはどんどん進めてほしいと思います。一方、物足りなく感じるのは、ホームページや検索システムといったデジタル化が遅れている点。まずはデジタル・アーカイブ(電子総目録)を整備して、所蔵する全作品とそれに関する資料を、誰もがインターネットで閲覧できるようにしていただけると助かります。

 

【松本】欧米などの美術館は今、所蔵作品などのデータをウェブサイトで公開することにも積極 的ですね。当館もそれを目指しています。

―インターネットやSNSなどデジタル社会が美術界に与える影響は?

 

【山田】計り知れないほど大きな影響があると思います。美術作品や展覧会に関する情報を、驚くほど簡単かつ大量に得られますから。松本館長や私の学生時代には現地まで行って伝手を頼ってもなおたどり着けなかったような貴重な情報が、今やインターネットを通じていつでもどこでも誰でも知ることができてしまう。これはすごいことですよ。その意味でも、日本の美術館のホームページや検索システムの遅れが惜しまれます。いちばんの原因は予算も人手も足りないことですが、どうも日本の美術界には昔から作品を人目に触れさせたがらない「非公開主義」の伝統があるような気がしていて、それも情報公開が進まない一因になっているのではないでしょうか。

 

【松本】「秘すれば花」とでもいおうか、隠すことの美学とか、名品を内輪で楽しむ伝統があるかもしれません。従来、日本の美術館や博物館は「公共」の概念に乏しかった。「所蔵する作品や資料は県民や国民の財産どころか、世界の人たちの財産だ」という意識を持たなくてはならないでしょう。

 

【山田】おっしゃるとおりだと思います。その点で、写真撮影を無条件で禁止している館がいまだに多いことも残念です。著作権の保護期間が過ぎた作品は、公共の財産として誰もが自由に写真を撮れるようにした方がいいと思うのですが。光で劣化する怖れがある絵画作品などは、フラッシュの使用だけ禁止すればいい。著作権と作品の保護以外に、写真撮影を禁じる理由はありませんよね。

 

【松本】作品を撮った観覧者が、その画像を会員制交流サイト(SNS)などに載せ、よい展示 だったと周知してくれるかもしれないのに―ということですね。著作権は、作品を広く知ってもらう権利に関わるのに、その保護ばかりに目がいっていますね。

 

【山田】どうもわが国では著作権が変にタブー視されていて、本来は著作権を扱うプロであるべきはずの美術館やマスメディアですら、単なる厄介事として避けて通りがちです。著作権が保護期間内にある現代美術を紹介する出版物が他国に比べて少ないのも、美術館の所蔵作品のデジタル・アーカイブ化が進まないのも、そこに一因があるような気がします。

―展覧会に訪れる人たちの動向を、どうみますか。

 

【松本】巨額を投じて上野や六本木などで開催される大規模な展覧会と、よい内容だが中小規模の展覧会に両極化していると感じます。

 

【山田】たしかに、一昔前には考えられなかったような規模と入場者数の展覧会が増えましたよね。人口の多い団塊世代がリタイアして余暇を楽しみはじめ、そこを見込んでか宣伝力のある新聞社やテレビ局が今まで以上に文化事業に力を入れ、さらにSNSの普及で情報が伝わりやすくなったことなどが、背景にあるのではないかと思います。滅多に見られない名作を一度に見られるようになったのはうれしい限りですが、その反面、混雑しすぎてゆっくり鑑賞できないのが悩みの種。一方、規模は小さいけど内容の濃い展覧会にも、SNSを通じての口コミで人が集まるようになりました。こちらは文句なしに喜んでいい傾向だと思います。

―美術館を観光の目玉にする動きが、盛んになっているが。

 

【山田】ここ数年はあらゆる分野で「インバウンド振興」の大合唱でしたが、今回の新型コロナウイルスの感染拡大で、観光収入に依存することの危うさが浮き彫りになりました。美術館は世界中の人々に開かれた公共施設であるとはいえ、公立の場合は、やはりそれぞれの自治体に暮らす地元の市民を第一に考えるべきではないでしょうか。その結果として観光客も訪れるのが理想であって、観光客誘致を優先するのは本末転倒のような気がします。

 

【松本】 さまざまな物事がグローバリズム(地球規模化)の波に洗われる時代だが、美術は少し違う。地域ごとに美術があり、鑑賞する人たちの多くも地域社会根ざして生活を営んでいます。だからこそ、ほかの地域を知ろうとする観光は有意義です。そんな旅先の一つとしても地域美術館は存在感を持ちたい。

 

【山田】 日本の地方美術館は、個々の所蔵品は違っても、全体としては似たり寄ったりの印象に陥りがちです。外から人を呼ぶためには、そこにしかない個性を打ち出さなければ。得意分野を明確にすると同時に、地元で活躍する若い美術家の活動も積極的にアピールしてほしいです。

―信濃美術館に期待することは

 

【松本】作品を展示するだけでなく、新しいコミュニケーションの場を作れないか―と思っています。芸術家と一般の人たちの交流の機会を、いろいろ工夫しながら設けていきたい。信濃美術館が掲げる3つの柱「鑑賞」「学び」「交流」に通じていくと思います。

 

【山田】長野は日本一、公立美術館の数が多い「美術県」ですが、その中で信濃美術館は唯一の県立美術館。他の美術館の模範となるようなリーダーシップが求められると思います。といっても、上から啓蒙するのではなく、あくまで鑑賞者目線で楽しめる場所であってほしい。その上で、「教育県」長野らしく小中高校と連携して、これからの美術教育のあり方もさぐっていただけるとうれしいです。私は今の日本の美術教育は情操と実践に偏りすぎで、もう少し知識や鑑賞を教えるべきではないかと思っています。子供達が美術の歴史や鑑賞の仕方を学べるような催しも、どんどん企画してください。

 

【松本】 学校の先生は「間違ったことを教えてはいけない」と考える。でも、美術は一概に「正解」「不正解」とは言えない世界です。時代時代に、その時の美術的な「文脈」があると思う。この文脈を子供達に伝えていきたい。自分の感じ方も他者の感じ方も等しく尊いということを 「上から目線」ではなく伝えていきたいです。

 

【山田】信濃美術館には、学芸員の育成も期待したいですね。美術館の良し悪しは、建物や収蔵作品以上に学芸員で決まると思うんですよ。美術館も「箱より人」。信濃美術館で育った学芸員が各地に巣立って活躍すれば、長野は名実共に日本一の「美術県」になるでしょう。日本中の美術館をリードしていくような取り組みを、大いに期待しています。

○略歴

 

山田 五郎(やまだ・ごろう)

編集者・評論家、東京国立博物館評議員。1958年、東京都生まれ。上智大文学部卒。同大学に在学中、ザルツブルク大(オーストリア)で西洋美術史を学ぶ。講談社で雑誌「Hot―Dog PRESS」編集長や総合編纂局担当部長などを務め、フリーに。近著に「知識ゼロからの近代絵画入門」(幻冬舎)。BS日テレ「ぶらぶら美術・博物館」などに出演中。

 

松本透(まつもと・とおる)

県信濃美術館長、美術史家。1955年、東京都生まれ。京都大大学院美学美術史学専攻修士課程修了。80~2017年、勤務した東京国立近代美術館で「草間彌生 永遠の現在」展や「アジアのキュビスム 境界なき対話」展などを担当、副館長も務めた。著書に「アート・ビギナーズ・コレクション もっと知りたいカンディンスキー 生涯と作品」(東京美術)。

山田五郎さん

山田五郎さん

松本透館長

松本透館長

本館リニューアル情報一覧へ戻る