

私はこの町の、どの広場も、泉も、路地も憶えているような気がする、古びた壁も、窓も、そして塔も。
いま、私達は町を取り巻く城壁の一つの門の前へ立った。
“Pax intrantibus,Salus exeuntibus”
「歩み入る者に安らぎを、去り行く人に幸せを」
厚い石壁の堡塁に護られたこの城門に、刻まれた言葉の意味を味わいながら、一歩、一歩、町の中へ足を踏み入れる。
石畳みの道が両側に古風な家々を並べ、正面に見えている塔へと導いて行く。
東山魁夷『追憶の古都』株式会社ビジョン企画出版社1999年